自分は貧しいひとりの修行僧なので、人に与えるもの、あげるものが何もない。だからせめて、心をあたたかくするような、心を安らげるような『言葉』をあげたい。

『成幸の法則2021』8.19
Vol.1850
自分は貧しいひとりの修行僧なので、人に与えるもの、あげるものが何もない。だからせめて、心をあたたかくするような、心を安らげるような『言葉』をあげたい。
<良寛和尚>
米イリノイ大学名誉教授のエド・ディーナー博士の研究によると、幸福度が高い人たちは例外なく、助け愛える家族や友人などに囲まれていたといいます。
私たちの成幸に欠かせないもの。
それは、人と人との素敵な「関わり」なのです。
既に私たちの「愛い言葉」になっている、認め愛い、支え愛い、励まし愛い、学び愛い...これらに何故「愛」の字を当てているか。
それは、大切な家族や、大切な仲間との関わりの中心に「愛」を据えたいからです。
ともすると、関係が近いが故に言葉を端折ったり、その人を100%受け止められなかったり...私たちは不思議な動物です。
 
相手のことを考えただけで、幸せな氣持ちになったり、心が満たされたりする関係こそが、「愛」を関わりの中心に据えた関係と言えます。
分かり愛えないイライラや悲しさを感じたり、相手に対して腹立たしい氣持ちになるのは、「愛」の裏返しでもあるのですが、そのまま放置していてはお互いの関係は冷えたものになってしまいます。
大切なことは、育むこと。
その時にとても大切な役割を果たすのが、「愛語」です。
世の中には、お互いを尊重して、深い信頼と愛情で結ばれている関係を持っている人もたくさんいます。
 
そんな愛のある関係が築けている人たちが実践していること。それが「愛語」の分かち愛いです。
大切な人を、時に空氣のような存在と言い、何も感じない存在のまま放置してはいませんか。
それをそのままにすること無く、心をあたたかくするような、心を安らげるような「言葉」をギブするのです。
言葉には神が宿ります。
自分自身の愛溢れる言葉...「愛語」を相手にシャワーのようにかけてあげると、確実に関係の温度は上がります。
人間関係が良いかどうかは、この「愛語」の有る無しにかかっています。
一生の宝は、お金では決して買うことの出来ない、素敵な人間関係です。
それは、「愛語」で育てることが出来る関係なのです。
成幸コンシェルジュ
ひとみ幸お

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